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2006年09月04日

「国境なきアーティストたち」(ギャラリーf分の1)

「南米からの熱い風ー日本在住の中南米芸術家たちによる展覧会」の際、理人くんに続いてのプレゼンテーションを聴いていろいろ話しをし、知己となったエクトル・シエラ(Hector Sierra)さんによるミニ展覧会。
御茶ノ水「ギャラリーf分の1」(9月9日まで・03-3293-8756)

エクトル(写真中左)は1964年南米コロンビア生まれ。93年から東京在住。

映像制作を志すがコロンビアには適当な大学が無く、奨学制度のある旧ソ連ウクライナ共和国のキエフ大学映画監督学科に進む。キエフ大学は世界中(特に「第三世界」)からの留学生がたくさん集まっており、またグルジア生まれのアルメニア人で奇才・天才と呼ばれた映画監督セルゲイ・パラジャーノフ(1924-90 / 『火の馬』『ざくろの色』『スラム砦の伝説』『アシク・ケリブ』など)の助監督を務めたりすることで、異なる文化、民族、宗教の問題を体感する。

エクトルは日本を含むさまざまな国を旅するなかで日本に強く惹かれ、1993年奨学生として来日。九州芸術大学、そして日本大学芸術学部大学院で映像制作を研究。

修士作品として当時解体しつつあり緊張が高まっていたユーゴスラビア連邦・コソボの姿を自分の目で見、ドキュメンタリーを作りたいと考えてコソボに渡りNATO軍による空爆を体験するなかで、戦争に慣れてしまうことの恐ろしさ、そして「敵が誰か」ではなく「戦争そのもの」こそが最大の敵だと考えるようになる。

自分個人では戦争を止めさせるすべはない、けれどなにかをせずにはいられない。ベオグラードの友人たちからの悲鳴のようなメールや滞在した町が次々に破壊され人々が難民となっていく様をTVで見るなかで、エクトルはアーティストとしてできることを思案する。

食料や薬などの物資はいろいろな機関の援助があるだろう。しかし戦争によって打ちのめされた人々の心のケアには手がまわらない。特に心に深い傷を負った子どもたちに対しては。
戦災地や紛争地の子どもたちに芸術の種を蒔こう。心の傷をアートを通して浄化する機会を提供しよう。

こうしてエクトルが他のさまざまなアーティストの協力を得て1999年に作り国際的な活動を行っているのがNGO「国境なきアーティストたち(Artists Without Borders)」

今回はコソボ、バーミヤン、NYグラウンドゼロなどでの子どもたちとのワークショップで描かれた絵と、十二支の動物たちが「グローバリゼーション」について議論するエクトル作のお話に、コロンビア出身で武蔵野美術大学大学院を出たラウラ・スタニョ(LAURA STAGNO)さんが描いた愉快な絵の数々を展示。

私が行った2日には、翻訳(『世界の<水>が支配される!—グローバル水企業(ウオーター・バロン)の恐るべき実態』)やグローバリゼーションと環境・持続社会についてのNGO、情報提供、市民教育で活躍している佐久間智子さん(写真中右)を迎えてトークショー。聴講者も熱心に発言。

【写真上】ロシア軍の侵略破壊から逃れてきたチェチェン難民の少年(12歳)が「雨のイメージ」として描いた自分の生まれ育ち今は廃墟と化したチェチェン首都グロズヌイ。エクトルは世界の子どもたちに日本の文化の紹介や子どもたちとの交流をはかることも進めている。「美」「和」などの漢字と意味を教えると子どもたちは喜んで絵に取り入れる(エクトルは「習字絵」と名付けている)。漢字の「雨」は大人気。
【写真中】エクトル・シエラ(左)と佐久間智子さん(右)
【写真下】聴講者も熱心に発言する

国境なきアーティストたち(Artists Without Borders)サイト
『国境なきアーティスト』(エクトル・シエラ 子どもの未来社 寺子屋新書)
『あの日のことをかきました—ニューヨークとアフガニスタン 絵でつたえる子どもたちの心 』(エクトル・シエラ 講談社)

9 4, 2006 10.美術工芸, 12.写真・映像・映画・演劇, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ |

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